2010年05月31日

同名2神の善悪逆転劇とスーパー・グノーシス主義

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絶対神「ヤハウェ」が実は魔王で、魔王「ルシファー」が実は絶対神だった……。
善悪逆転論を一言説明すればそうなる。
私はグノーシス主義の影響を受けた訳ではないが、グノーシスの主張と一致する。
だが、私が提唱する「善悪逆転論」は「スーパー・グノーシス主義」と呼ぶべき内容である。

悪魔学では、ソロモン72柱の魔神に、アイム(Aim)という地獄の侯爵が存在する。
これを「I'm=私はある=ヤハウェ」と解釈できなくもない。
だが、それは的確な表現ではない。
既に述べた通り、「ヤハウェ」は名前ではないからだ。

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グノーシス主義と原始キリスト教の類似性が指摘されているが、イエスはヤハウェの名が「バアル(アメン)」である事を公開したのではないだろうか。
それが、イエスが説いた「カバラの奥義」だと私は思っている。

また、「アーメン」はヘブライ語で「本当に」「誠に」という意味だが、その言葉はアメン信仰の名残ではないかと、私は考えている。
また、その原義は、アメンが「本当のヤハウェ」である事を暗示している印象を受ける。

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だが、キリスト教徒が崇拝するヤハウェは、アメンではなく「アテン」である。
何故なら、一神教だからである。
そして、封印されたヤハウェの名をグノーシス主義が受け継ぎ、秘密結社として伝承してきたと考えてもおかしくはない。

代表的な秘密結社フリーメーソンは、「ピラミッド・アイ」をシンボルとし、アメリカを建国した記念に1ドル紙幣にも印刷している。
ピラミッド・アイは「ヤハウェの目」と呼ばれているが、フリーメーソン最高階級に昇格すると、実は「ルシファーの目」だという事が公開されるらしい。
それが、ルシファーを崇拝する「反キリストの秘密結社」だと呼ばれる所以なのだが、悪魔「ルシファー」を崇拝しているのではなく、ヤハウェの名前が「ルシファー」である事が伝授されるのではないだろうか。

「絶対神ヤハウェ(アメン=バアル=ルシファー)」
「魔王ヤハウェ(アテン)」


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今まで「ヤハウェ」と呼ばれてきた神は、私の理論から言えば魔王だったのである。
だが、『日月神示』が「同じ名の神、二つある」と説いているように、それが複雑さを助長する要因となっている。

では、ロックフェラーやロスチャイルドが崇拝する「ルシファー」は、善神なのだろうか。
恐らく、彼らはカバラに精通し、絶対神ヤハウェの名が「ルシファー」である事を理解した上で、「善神」としてのルシファーを崇拝している。

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だが、一般庶民の目から見て、彼らの計画や行動は善行には見えない。
陰謀論がもてはやすように、彼らは世界支配を企む悪魔の手先である。
善神「ルシファー」を信仰する彼らが、一体何故……。
やはり、彼らは悪神「ルシファー」を崇拝しているのだろうか。
答えは、『日月神示』に示されている。

「悪いキで拝めば何んな立派な神前でも悪神が感応するのぢゃ」

つまり、世界支配を企む連中は、善神「ルシファー」を信仰しているつもりが、悪神「ルシファー」と繋がっているのだ。
別の言い方をすれば、善神「ヤハウェ」を信仰しているつもりが、悪神「ヤハウェ」と通じているという事になる。

話がややこしくなるので、ここでは便宜上、善神を「ルシファー」、悪神を「ヤハウェ」と呼ぶ事にする。
では、西洋文明(プレアデス的統制)によって成立したキリスト教の絶対神「ヤハウェ」は、悪神だと言えよう。

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事実、「偽の説教師」と呼ばれたパウロから始まったカトリック教会は、史上最悪の残忍な歴史を展開してきた。
その意味からすれば、ローマ教皇も「反キリスト」である。
だが、クリスチャン全員が悪神「ヤハウェ」を崇拝しているのかと言えば、そうではない。
やはり、『日月神示』に答えがある。

「悪神拝んでも正しき愛と喜びがあれば、善き念が通ずるならば、悪神引込んで、それぞれの善き神現はれるのぢゃ」

ちなみに、私の祭壇の本尊は「死神」の偶像である(笑)
これには深い意味があるのだが、別の機会に話したいと思う。
posted by ヘンリー・クライスト(夢蛇鬼王) at 14:42| Comment(0) | 【第1章】 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ヤハウェの名前と反キリスト「イエス」の謎

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ヤハウェの隠された名前が「アテン」である事は、モーゼがユダヤ一神教の始祖(アテン信仰の継承者)とされている事から考えても、辻褄が合う。
だが、何故、それを隠さなければならないのか。
ヤハウェには、別の名前があるのではないだろうか。

『旧約聖書』の主は、「ヤハウェ」と「バアル」の2柱の神が混在している事を前に述べた。
だが、ヤハウェは名無しの神である。
厳密に言えば、「アテン」と「バアル」の敵対する二神が存在し、どちらも主「ヤハウェ」なのだ。

バアルはエジプトの太陽神「アメン(アモン)」と同一神。
つまり、ヤハウェとは、エジプトの「アメン」と「アテン」だった事になる。
更に言えば、真のヤハウェは「アメン」だったというのが、私の結論である。

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イエスは、「モーゼの時代に戻らなければならない」と説き、ユダヤ教ファリサイ派を非難した。
これが何を意味するのかは、少し分析すれば見当が付く。

イエスの時代、多神教のバアル信仰をしているユダヤ人はいなかった。
中にはいたかも知れないが、皆無に等しかったと言って良いだろう。
そもそも、バアル信仰のイスラエル10支族は、当時のパレスチナには存在しなかった。
だが、2支族のユダヤ人の歴史も遡ると、ソロモンの時代まではバアル信仰をしていたユダヤ人が少なくなかった。
ソロモン自身も、バアル信仰に傾倒していた事が分かっている。

そして、既に述べた通り、私の仮説ではモーゼはバアル信仰者だった。
つまり、イエスはバアル信仰の復活を説いたのである。
バアルを「アメン」「ミトラ」に置き換えても良い。
ヤハウェの名は、ユダヤ教徒によって隠されてきた可能性がある。

「ヤハウェ=私は〜である」

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そのヒントは、「私は『最初であり最後』である」以外に、イエスはこう語っている。

「私は『世の光』である」

「光」は、実はヤハウェの象徴である。
モーゼがシナイ山でヤハウェの啓示を受けて下山した時、モーゼの顔が「光」を帯びていたからだ。
光はヘブライ語で「コラ」と言い、角も「コラ」である。
モーゼの聖画には、モーゼの頭に二本角のような光が描かれている。

言うまでもなく、二本角は牡牛神「バアル」の象徴である。
バアルは絶対神「ヤハウェ」であると同時に、アテン信仰者によって、悪魔(異教の神)に貶められる事になった。
悪魔学では、ルシファーに次ぐ悪魔として「ベルゼブル」を挙げている。

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だが、ベルゼブルの語源は「バアル・ゼブル(バアルの王子)」で、バアルはセム語で「主」を意味する。
では、「王子」とは一体どういう事なのか。
ウガリット神話で、バアルは最高神「イル」の息子であり、二代目という事である。
バアルが「主」を意味するなら、イルが初代「バアル」だと言えるだろう。

『新約聖書』では、ベルゼブルは魔王として位置付けられ、「ルシファー」と同一視されている。
いずれも「光」を象徴し、「バアル=ルシファー」を裏付けている。

「私は『世の光』である」=「私は『ルシファー』である」

そして、イエスもルシファーも、「光」「蛇」「金星」を象徴としている。

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イエスがルシファーの預言者だとすると、黙示録に預言された「反キリスト」の概念は180度転換する事になる。
むしろ、イエス自身が「反キリスト」だったとさえ言えるのである。
誤解してもらっては困るが、聖書の視点から見た絶対悪としての「反キリスト」ではない。
大まかではあるが、これが私の「善悪逆転論」の概要である。

話を整理すると、ヤハウェが主神であり、イエスがその預言者だった事は間違いない。
そして、真のヤハウェは「アメン=バアル=ルシファー」だが、ユダヤ・キリスト教徒は「アテン=アトン=アドナイ」をヤハウェとして崇拝し、「アメン=バアル=ルシファー」を悪魔としたのだ。
これは私の妄想だろうか……。
否、これからその証拠を明らかにしていこう。
posted by ヘンリー・クライスト(夢蛇鬼王) at 14:27| Comment(0) | 【第1章】 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

名無しのヤハウェとイエス・キリストの謎

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聖書の神は「エホバ」「ヤーウェ」「ヤーヴェ」等と発音されているが、「ヤハウェ」が原音に近いとされている。
呼び方はどうあれ、実はそれらは名前ではない。
「モーゼの十戒」に「神の名をみだりに口にするなかれ」と戒められている為、神の名が隠されているのだ。

ヤハウェは、「我は在りて在るもの」という意味である。
端的に言えば「私は在る」であり、「実在」する事を意味する。
実在とは何か……。
生長の家の聖経「甘露の法雨」には、次のように説かれている。

「物質はただ心の影、影を見て実在と見るものはこれ迷。
汝ら心して迷に捉わるること勿れ。
汝ら『実在』は永遠にして滅ぶることなし」


この事は、量子力学では認められている事実である。
よって、ヤハウェとモーゼの媒介者が地球外生命体だったとしても、ヤハウェ自体は本質的に「神霊」なのだ。

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だが、私はもっと深い意味を感じている。
「私は在る」……英語にして「I am」。
イエス・キリストも、「私はアブラハムが存在する前から『私はある』」と語っている。
アブラハムの時代には、まだイエスは生まれていない。
つまり、イエスはアブラハムの時代には「ヤハウェ」として存在していた事を示唆する。

だが、絶対神が人間として誕生する事は有り得ない。
それは、アリオンも語っている通りである。
厳密に言えば、イエスはヤハウェの分魂の受肉なのだ。
イエスは、「私は最初であり最後である」とも言っている。
換言すれば「永遠」である。
まさに、「実在は永遠にして滅ぶることなし」なのだ。

それは、宇宙の初めから終わりまで存在する……AUM(創造・維持・破壊)の神に他ならない。
その前に順序立てて説明するが、イエスは「私はヤハウェである」と名乗っている。

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しかし、ヤハウェ自体が「私はある」という意味である。
「I am.」
正確には、「私は〜である」という意味だ。
「〜」が、封印された神の名なのだ。
「〜」には、何が当て嵌るのか……。

「ヤハウェ」と呼ばれる神を遡れば、エジプトの太陽神「アテン(アトン)」に行き着く。
「私は『アテンで』ある」
それを隠す為に、ヤハウェの名「アテン」を呼ぶ事が禁じられてきたのだろうか。
いずれにしても、ヤハウェの名が「アテン」だというのが私の仮説である。

だが、本題はここからである。
posted by ヘンリー・クライスト(夢蛇鬼王) at 14:17| Comment(0) | 【第1章】 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする