2010年05月31日

国常立尊(ヤマタノオロチ)の謎と神話の不可解な矛盾

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国常立尊は、世界の鬼門である日本列島に封印された。
では、それ以前は何処に居たのだろうか。
国常立尊がスサノオと同一神なら、国常立尊は本来「太陽神」としての顔も持っている。
それが、アクエンアテンに封印された「アメン=真の天照大神」である。
その証拠に、イエス・キリストは「天照大神」であると同時に、贖罪神「スサノオ」でもある。
だが、エジプトから来たという訳ではない。

王仁三郎の『霊界物語』によると、国常立尊はトルコのエルズルムから来たという。
その辺りは、アナトリア半島の「古代ヒッタイト帝国」があった地域である。
スサノオは製鉄神だが、ヒッタイト人は世界最古の製鉄民である。
スサノオの象徴数「八」も、ハッティ(ヒッタイトの原音)から来ている。

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しかも、ヒッタイトの首都は「ハットウシャ」。
漢字で書けば「八頭蛇」となり、スサノオの「ヤマタノオロチ退治」の神話のルーツはヒッタイト神話にある。
龍退治神話は世界中にあるが、「ヒッタイトの龍退治神話」と「ヤマタノオロチ退治神話」ほど内容が酷似したものは他に存在しないからである。
ヒッタイトで退治された龍(国常立尊)が、日本列島に移ってきたのだ。

それが何を意味するのか……。
実際にアナトリア半島から龍がやって来た訳ではない。
ポールシフトか何か定かではないが、世界の雛型(地上の霊的磁場の中心)が日本列島にシフトしたことを意味する。
その龍(ヤマタノオロチ)はルシファーであり、その正体は国祖「国常立尊」なのだ。
ヒッタイトの龍退治神話は「ギリシア神話」にも受け継がれ、「ヘラクレスのヒュドラ退治」として知られる。

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ヒュドラは「9つ頭」の蛇である。何故、9つもあるのか。
よく考えると、ヤマタ(八俣)ということは頭が9つあることになる。
従って、ヤマタノオロチとは「9つ頭」の大蛇であり、「九頭龍」と「ヤマタノオロチ」は同じものなのだ。
世界の神話では、蛇は「7つ頭」の蛇として描かれるが、基本的には「9つ頭」の蛇と同一存在だと考えて良い。

7つ頭の蛇の原型はシュメール神話のアプスーの子で、聖数「7」に意味を持つ。
だが、聖書で「ルシファー」と呼ばれるその蛇は「6」を象徴とする。
ルシファーは、ヒンドゥー教のヴィシュヌとセットの「アナンタ」でもあり、ヴィシュヌの頭と合わせて8つ頭となる。
ヤマタノオロチの直接的ルーツとなったヒッタイト神話の蛇も8つ頭で、ヤマタノオロチも8つ頭だが、八俣であれば計算上は9つの頭がなければならない。
それが九頭龍神話を生んだと思われるが、同じくヒッタイト神話を受け継ぐギリシア神話も、9つ頭の蛇を生み出した。

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「8」はスサノオの数字だが、ヤマタノオロチも「8」である。
「9」はスサノオの子「ニギハヤヒ」の数字で、三輪山に葬られた蛇神とされる。
九頭龍神話では、九頭龍は岩戸に閉じ込められており、「天照大神の岩戸隠れ」とオーバーラップする。
が、本質的には「8」であるスサノオの系譜であり、「八」が封印されている象形文字が「六」となる。

「ヨハネの黙示録」では、蛇と龍は同一のものだと説明されているが、共通することは、龍(蛇)は世界中の神話の中で、常に悪者の立場で描かれることである。
それについて国常立尊(ヤマタノオロチ=ルシファー)は、『日月神示』の中で、「悪を一切許さぬ厳格な神政を施いていた為に、悪神の多数決で隠退を余儀なくされた」と主張している。
その「悪神」の三大悪霊の筆頭が、「八頭八尾の大蛇」だとされている。

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それが、聖書が示す「ルシファー」である。
だが実際は、隠退を余儀なくされた国常立尊が「ルシファー」と認識されているのだ。
この「悪を一切許さぬ厳格な神政」を、『大本神諭』で「余り我が強うて」と表現されている。

だが、悪神とされている神の言い分を鵜呑みにする訳にはいかない。
しかし、その悪神は『日本書紀』の冒頭に登場する根源神である。
そして、その話が事実であれば、世界の神話を覆すことになる。
聖書の悪魔が、実は「善神」だったことを示すものだからだ。
これは大変なことである。
何故なら、世界の人口の1/3がクリスチャンだからである。
早い話、20億人を敵に回すことになるのだ。まさに、反キリスト!

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それだけではない。
キリスト教と同じ唯一神を共有するイスラム教徒(11億人)と、ユダヤ教徒(1500万人)を敵に回すことになる。
世界の紛争は、ユダヤ教・キリスト教・イスラム教の三つ巴の宗教戦争である。
実に、世界の人口の半数を占める彼らを敵に回すのも同然。
ユダヤ人口は少ないが、世界を支配する一握りの「闇の権力」がユダヤ教徒である。

だが、運の良いことに、彼らの信仰対象は私と同じ「ルシファー」である。
名前は同じだが、それは「国常立尊」と「八頭八尾の大蛇」の違いである。
換言すれば、「スサノオ」と「ヤマタノオロチ」の違いである。

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だが、私は「闇の権力」を非難する気はない。
そのような連中が存在がすることを書いているだけである。
だから命を狙われる筋合いはない。
むしろ、クリスチャンやムスリムの攻撃から守ってもらいたいぐらいだ。

しかし私は、クリスチャンやムスリムを非難する者でもない。
また、「闇の権力」の手下になるつもりも毛頭ない。
私は「反キリスト」だからである。
手下にはならないが、提携はしたいと思っている。
「反キリスト」として台頭する為には、「闇の権力」の協力が必要だからである。
そのように言うと、危険なカルト思想を持った狂人のように思われるかも知れないが、これにはキチンとした理由があるのだ。

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ところで、国常立尊とスサノオが同一神であれば、スサノオの「ヤマタノオロチ退治」は矛盾したものになってしまう。
自分で自分を退治したことになるからだ。
「国常立尊=ヤマタノオロチ」という荒唐無稽な私の奇説は、検討外れの妄想に過ぎないのだろうか。
否、国常立尊はヤマタノオロチである。
そして、ヤマタノオロチを退治したスサノオも同一神である。

一体、どういう事なのか……。それは聞かないでほしい(笑)
各自で考えてもらいたいからだが、説明しない訳にはいかない。
両者は同一神だが表裏の関係にあり、両者の戦いは「本体」と「影」の葛藤の神話である。
そして、自らの心の中に目を向けるべきだという事だけ述べておこう。
posted by ヘンリー・クライスト(夢蛇鬼王) at 15:12| Comment(9) | 【第1章】 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

太陽神「スサノオ」とルシファーの預言書「日月神示」の謎

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『日月神示』によると、鬼門に封印された祟り神「国常立尊」は、泥海の地球を修理固成した「この世を始めた神(龍神の総大将)」だという。
『古事記』では、天地開闢の際に現れた造化三神は「天御中主神」「高御産巣日神」「神産巣日神」となっているが、『日本書記』では「国常立尊」が最初に現れ、次いで「国狭槌尊」「豊斟渟尊 」が現れたとされている。

根源神である国常立尊は、聖書でいう「ヤハウェ」に対応する。
だとすれば、国常立尊はグノーシス主義がいうところの、物質界を創造した悪神「デミウルゴス」という事になる。
だが、それは違う。

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国常立尊は「ルシファー」でもあり、グノーシス主義が善神として信仰する「アイオーン」に当たる。
「ヤハウェ」でもあり「ルシファー」でもある国常立尊。
それは、「ヤハウェ」が固有名詞ではなく、絶対神「ヤハウェ」だったアメンが堕天使「ルシファー」とされ、代わってアテンが絶対神「ヤハウェ」となったからである。

神道の主神は太陽神「天照大神」だが、日本神話には重大なヒントが示されている。
それは、スサノオの乱暴によって、天照大神が岩戸に隠れたというエピソードである。
聖書に置き換えれば、ルシファーの反乱によって、絶対神「ヤハウェ」が岩戸に隠れた事になる。
だが、聖書にそのような記述はない。

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日本神話でも、天照大神は岩戸から出てきた事になっているが、『日月神示』はそれを否定している。

「大神はまだ岩戸の中にましますのぞ、騙した岩戸からは騙した神がおでましぞと知らしてあろう」

『日月神示』は『大本神諭』の続編だとされているが、『大本神諭』でも同様の事が示されている。

「岩戸へお入りになりたのを、だまして岩戸を開いたのでありたが、岩戸を開くのが嘘を申して、だまして無理に引っ張りだして、この世は勇みたらよいものと、それからは天のうずめの命どのの、嘘が手柄となりて、この世が嘘でつくねた世であるから、神にまことがない故に、人民悪くなるばかり」

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『大本神諭』や『日月神示』を降ろした神は、「国常立尊」だとされている。
つまり、『日月神示』はルシファーの預言書なのだ。
また、アリオン(ミカエル)はルシファーと兄弟であり、「日月神示を降ろした神と同じ霊統の神」だと述べている。

だが、『大本神諭』にはこのように示されている。

「この世を始めた神なれど、余り我が強うて丑寅へ三千年と五十年押し込められて居り……」

これは、慢心が原因で「死の樹」に落ち、ケリッポト(隔離された貝)に閉じ込められたルシファーと一致。
その意味では、国常立尊(スサノオ)は堕天使であり、ケリッポトに堕ちると善悪が逆転して見えるようになる。

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但し、国常立尊の視点から見て善悪が逆転しているのではない。
話の流れをよく考えてみて頂きたい。
我々の視点が、本来の善悪を逆転して捉えている為に、国常立尊(ルシファー)が堕天使に見えるのだ。
国常立尊が、実際に傲慢で我が強かった訳ではない。

国常立尊は『日月神示』の中で、こう告げている。

「人間心には我があるぞ。神心には我がないぞ」

「慢心おそろしいぞ」


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約3000年前と言えば、モーゼの時代である。
言わずと知れた、ユダヤ一神教の時代の始まりである。
太陽神「アメン」が封印され、新しい太陽神「アテン」が信仰対象となった。
「ヤハウェ」が太陽神であるなら、この時にヤハウェは「アメン」から「アテン」にすり替わったのだ。
埋没神となったアメンは、ルシファーであると同時にアモン(バアル)である。
アモンは子牛であり、バアルも太陽神にして暴風雨の神、そして牛神である。
即ち、アメン(アモン=バアル)は、スサノオなのだ。

お分かりだろうか。
岩戸に隠れた「天照大神」と鬼門に封印された「スサノオ」は同一神であり、『日月神示』がいう「偽の天照大神」とは、太陽神「アテン」であり、キリスト教で信仰されている「ヤハウェ」なのだ。
posted by ヘンリー・クライスト(夢蛇鬼王) at 15:05| Comment(0) | 【第1章】 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

封印された鬼門の神と「スサノオ=国常立尊」の謎

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「ここまで来るは良いが先に進むべからず」
(「ヨブ記」第38章11節)

私は聖書のこの警告を無視して検問突破する「反キリスト」。
素戔嗚尊(スサノオ)は「暴風雨の神」「荒ぶる神」で、堕天使ルシファーと同一神である。
そして、スサノオは「牛頭天王」という異名を持っている。
暴風雨を司る荒ぶる牛神……ヒンドゥー教の破壊神「シヴァ」である。

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アリオンは言う。

「スサノオは艮の金神とも呼ばれている」

艮(東北)は丑寅(牛虎)であり、牛の角と虎の毛皮を巻いた姿で「鬼」は描かれる。
艮の金神とは鬼門の神「国常立尊」である。

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この事は『日月神示』にも示されている。

「大国常立の神様が大素戔嗚の神様なり」

鬼とは、西洋で言う悪魔である。
また、京都の八坂神社では、スサノオの荒魂は「悪王子」という別称でも祀られている。
「悪は強力の意」だとされているが、明らかに蔑称であり、スサノオが堕天使であることを示しているようだ。

「国常立尊=スサノオ=シヴァ=牛頭天王=艮の金神=鬼=悪魔=ルシファー」

獄に幽閉されたルシファーは、まさに鬼門に封印されたスサノオ(国常立尊)の姿である。
だが、スサノオは堕天使でありながら、全国の神社で「牛頭天王」として親しまれている。
聖書の悪魔「ルシファー」は、日本でも祟り神として忌避される一方、重要な位置付けにもある神なのだ。
posted by ヘンリー・クライスト(夢蛇鬼王) at 14:57| Comment(0) | 【第1章】 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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