2010年05月30日

新エルサレムの謎と日蓮が予言した「須弥山」の降臨

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弥勒菩薩は、兜率天で閻浮提(人間界)に下生する時を待っているという。
兜率天とは、須弥山の頂上の天部を指し、そこには七宝の宮殿があるという。
インド人は、ヒマラヤを「須弥山」として崇めているが、弥勒菩薩はヒマラヤの聖者なのだろうか。
だとすれば、やはり、ロード・マイトレーヤが弥勒菩薩なのだろうか。
否、インド人は、ヒマラヤを須弥山に見立てているだけである。

仏教の世界観では、直径120万3450由旬、高さが80万由旬(1由旬=約7km)の円盤状の水輪上に、同じ大きさの金輪が乗っており、金輪の表面上に、山や海などが乗っている。
そして、7つの同心方形の金山(ピラミッド)に囲まれて、中央で虚空に浮いているのが須弥山である。
密教ではこれを、『金剛界曼陀羅』と『胎蔵界曼荼羅』で表している。

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金輪上には8つの回廊状の海があり、内側の7つの海は淡水で、外側が塩水の海となっており、4つの島が浮かんでいる。
須弥山の水上部分は正立方体で、どの辺も長さ8万由旬あり、その下半分に四天王たちが住んでいるという。
そして、水面から1万由旬の高さの所で四周が1万6000由旬張り出し、そこから1万由旬の高さの所には8000由旬の張り出しがある。
更に、1万由旬高い所は4000由旬張り出していて、更に1万由旬の高さに2000由旬張り出している。
この須弥山の構造は、どう考えても「階段ピラミッド」である。

そして、一番上の張り出しに四天王が住み、須弥山の頂上には「三十三天の住居」があり、その中央にインドラ(帝釈天)の都城がある。
その都城は金で建立され、様々な宝石で装飾され、地面は綿のようなもので出来ているという。
まるで、都城が雲の上に浮いているかのようである。
須弥山とはまさに、 「天空の城ラピュタ」なのだ。

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釈迦はシャンバラを説いた。
アルザルにも階段ピラミッドが存在し、ジャングルや大河の存在も確認されているが、山や海は確認されていない。
もし海があったとしても、それは淡水だろうと「Mファイル」に記されているという。
須弥山の場所は、アルザルではないようだ。

インド・ヨーロッパ語で、キャンドル(candle)やシャンデリア(chandelier)はチャンドラ(月)を語源としているが、シャンバラ(chambhala)もチャンドラから派生したのではないだろうか。
いみじくも、初代シャンバラ王の名前を「スチャンドラ」と言い、須弥山の頂上の都城に住む「インドラ」の名前の由来も「月」である。
しかし、月内部に海や島は存在しないはずだ。

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須弥山の都城は金で建立され、様々な宝石で装飾されているというが、「ヨハネの黙示録」でも、「新エルサレム」の都市はガラスに似た純金で、城壁の土台はあらゆる種類の宝石で飾られていると記されている。
「須弥山」と「新エルサレム」は、同一のものと考えて良いだろう。

「ヨハネの黙示録」には、新エルサレムについて次のように記されている。

「その都は太陽や月が照らす必要がない。
神の栄光がそれを明るくし、その灯は子羊だからである。
その門は1日中閉ざされることはない。そこには夜がないからである」

(第21章23〜25節)

アルザルは大気プラズマによって常に光り輝く世界で、月内部も人工プラズマの照明で常時明るい状態だが、須弥山の場所がどちらでもないとすれば、やはり太陽なのか。

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聖書外典の「パウロ書」「バルク書」「エノク書」にも、「新エルサレム」らしき記述がある。
長くなるのでストーリーは省略するが、エノクやバルクは「第一の天から第七の天」までを、飛ぶ鳥のように旅行している。
これは、「法華経」の須弥山の九山八海の外洋を除いた「七山七海(仏教の七金山)」と符合する。
また、「ヨハネの黙示録」の「七つの黄金の燭台」と「七つの星」にも符合する。

そして、ヨハネはこのようなビジョンを視ている。

「七つの黄金の燭台の中央に、長い衣をまとった白髪で牙のある貴人が七つの星を持って立っていて、その貴人は強く輝く太陽のようだった」

言うまでもなく、強く輝く太陽のような貴人は「イエス・キリスト」を指しているが、その姿はまさに、「サナト・クマーラ」である。
サナト・クマーラは、「金星の王子」と呼ばれた「シャンバラの帝王」である。
須弥山は、金星にあるのだろうか。
須弥山は元々、エノクが地球上で築いた街である。
それが飛翔して、月や金星に行った事があってもおかしくはない。
だが、エノクが昇天して向かった先は、炎が渦巻くケルビムの世界(太陽)である。

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また、新エルサレムの光源である「子羊」はイエス・キリストの象徴。
イエスは、「わたしは世の光である」と名乗っている。
だが、いくら強力なオーラを発していたとしても、実際にイエスが世界を照らす光源とは考えられない。
これは、比喩であり、象徴である。
イエスは太陽神の受肉であり、「世の光」とは太陽を意味する。
それ故、イエスを指す「貴人」も「太陽のような」という表現がされている。

つまり、新エルサレム(須弥山)の光源は、太陽なのだ。
だが、「そこには夜がない」という事は、太陽系の惑星ではない。
また、「その都は太陽や月が照らす必要がない」という事は、天空に太陽や月が見えないと解釈できる。
つまり、新エルサレム(須弥山)の所在地は、太陽そのものなのだ。

太陽なら、超弩級大陸「ナタン」も超弩級大洋「ダーマ」も存在し、都城の材料である金銀も豊富に存在する。
何よりも、階段ピラミッドである須弥山の都城は、雲の上に浮いているのである。
太陽プラズマ大気圏を飛翔する超巨大階段ピラミッドの存在が確認されている今、新エルサレム(須弥山)が太陽上空に存在するのは間違いないだろう。

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釈迦族は「日種」と名乗り、日蓮にも「日」が付いている。
そして両者共に、末法の時代に、アマテラス国家である日本に、救世主が現れることを予言している。
日蓮は『日蓮全集』の中で、次のように述べている。

「最終臨終(この世の終末)を持って御覧ぜよ、妙覚の山に走り登って四方をきっと見るならば、あら面白や、法界寂光土にして、瑠璃を以て地とし、金の縄を以て八の道を界へり。
諸仏菩薩は常楽我浄の風にそよめき、娯楽快楽楽し給うぞや。
遊戯し楽しむべきことは近づけり」


これは、「ヨハネの黙示録」が予言する、世界の滅亡と共に天から降臨する「新エルサレム」以外の何物でもない。

「須弥山=新エルサレム=エノクの街=太陽の超巨大階段ピラミッド=天空の城ラピュタ」
posted by ヘンリー・クライスト(夢蛇鬼王) at 14:30| Comment(0) | 【第1章】 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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