2010年05月29日

弥勒菩薩と天照大神の性別とイエス・キリスト再臨の謎

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金星の王子と呼ばれたシャンバラの帝王「サナト・クマーラ」が、「マイトレーヤ」とは考えられないだろうか。
サナト・クマーラには、「偉大な犠牲」「人類の救世主」という称号もある。
眩いオーラで炎の様にしか見えない「彼」の正体は、イエス・キリストとは考えられないだろうか。

『阿含経』によると、弥勒(マイトレーヤ)は釈迦の次に仏陀となることが約束された菩薩で、釈迦の教えを完成させる未来仏とされる。
『弥勒上生経』によると、弥勒は紫金色の光を全身から放ちながら「兜率天」に上生し、今も兜率天で修行をしているという。
『弥勒下生経』によれば、弥勒は釈迦の入滅後56億7000万年後に下生し、一切衆生を救済すると予言されている。

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弥勒菩薩の「上生」と「下生」……これはどこか、イエス・キリストの「昇天」と「再臨」を彷彿させる。
両者が同じ事を指している可能性は高いが、『法句経』によると、「弥勒」は釈迦の弟子のバラモンの修行僧だったらしい。
イエスは終末に再臨する事を予言して昇天したが、イエスは「私はある」と名乗っている。

「私はある」とは、「ヤハウェ」という意味である。
理由は順を追って解説するが、イエスがいう「ヤハウェ」は、アテンではなく「アメン」である。
それは「ミトラ」に置き換えても良い。
イエスが言う「私」とは、「ミトラ」を指しているのだ。
従って、イエスの再臨とは、人間としてのイエス本人とは限らない。
というよりも、「イエス」という個人に限定すると、真相を見失うかも知れない。

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早い話、イエス・キリストの再臨とは、イエスの再臨ではなく、「キリストの再臨」という表現が適切である。
キリストとは「救世主」の意で、救世神「ミトラ」の分魂の受肉を意味する。
従って、弥勒(マイトレーヤ)もミトラの分魂の受肉であり、キリストである。
イエスは、釈迦の弟子の「弥勒」の再臨を説いたのだろうか。

だが、「弥勒」本人が当時の姿で再臨する訳ではないらしい。
『弥勒下生経』によると、父「修梵摩」と母「梵摩跋提」の子として誕生するという。
つまり、弥勒菩薩(マイトレーヤ=キリスト)は、「人の子」としてこの世に誕生するというのだ。
それは文字通り、「弥勒」の転生なのだろうか。
但し、太陽神「ミトラ」の分魂の受肉という観点から、霊的に「弥勒菩薩=イエス・キリスト」という表現も、決して間違いではない。

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そして、日本の太陽神は「天照大神」である。
秦氏の伝承では、「イエス・キリストの再臨」を「天照大神の再臨」として予言されているという。
イエス・キリストの「死と復活」は、天照大神の「岩戸隠れと岩戸開き」にも対応している。

その意味で「イエス・キリスト=天照大神」だが、この天照大神の神話の原型は、ヒッタイト神話にも見られる。
つまり、「天照大神=ミトラ」で、その分魂の受肉がイエスであり、神話の出来事を人間界で体現したのが「イエス・キリスト」だというのが真相である。

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イエスは男だが、天照大神は女神とされている。
弥勒も男だが、弥勒菩薩は女性的なイメージで具現化されている。
天照大神や弥勒菩薩を、女か男かと論議するのはナンセンスで、これを「変性女子」という。
これは元々、仏教用語だが、大本の教義で「肉体は男で魂は女」だと説かれている。

もっとも、太陽は陽性なので、太陽神は男神であり、王仁三郎によっても「天照大神は厳霊」だという事が判明している。
尚、太陽神「天照大神」の巫女だった卑弥呼は、「変性男子」としての「アマテラス」だった。
卑弥呼の部族はインド・ギリシア系民族だが、「アマテラス」の語源はギリシア語の「アマ・テロス」で、その意味は「完全円満全権統治」だという。
posted by ヘンリー・クライスト(夢蛇鬼王) at 23:49| Comment(0) | 【第1章】 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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