2010年05月29日

快楽原則と堕落の法則と魔界への道

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腸内微生物は、「善玉菌」「日和見菌」「悪玉菌」の3種類に分けられる。
日和見菌は、善玉菌にも悪玉菌にも成り得る中間的な微生物である。
人間も「神的人間」「動物的人間」「悪魔的人間」の3種類に大別できる。
今のところ、動物的人間が大半を占めているように見受けられる。
従って、これから話す事は非常に重要である。

ノアの大洪水で滅んだアトランティス人(アンティデルヴィアン)の特徴を、リアルに語っているスウェデンボルグの手記を紹介しよう。
スウェデンボルグによると、アンティデルヴィアンは自分を「神」だと信じていたという。
現代社会に於いて、自らを「神」だと信じ込んでいるのは、カルト教祖ぐらいしかいないだろう。
ルシファーも自ら「神」を名乗って堕天した。

だが、今まで述べてきた通り、人間が神である事は真理であり、間違いではない。
問題は、傲慢か謙虚かの違いだ。
自分が神である事を「悟る」のと「妄信」するのとは、本質的に異なる。
意味をはき違えた虚心が、自分本位の慢心を生む。まさに、紙一重だ。
その意味では、自分を神だと信じるアンティデルヴィアンと変わらない人は少なくない。

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一例を挙げれば、人の意見に聞く耳を持たず、自分の主張が正しいなどの自分主義、いわゆる我の強い人などである。
そのような人は無神論者であっても、自分を「神」だと思っているのに等しい。
堕落の道が本格的にスタートしたのは、意志と認識が分裂し、認識だけが重要視されるようになったからだという。

意志と認識は、次のように定義されている。
「意志」……行為・愛情・善行
「認識」……理解・真理・信仰


「彼らの堕落の本質は霊的、天国的な知覚を失った結果として、意志と認識を分裂させ、それが時代とともに認識のほうまで自分勝手な解釈で歪めていった。
霊的、天国的な真実を自分に都合の良い真実(彼らに真実と思われるもの)にしていったということである」


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そして、大洪水直前のドン底の極みに於いて、彼らは別の意味で「意志」と「認識」をひとつにしてしまったという。
それは、憎しみや悪への「意志」と、虚信と偽りの真理を、ひとつにしてしまったのだという。
これを唯一救う方法が、認識と悪い意志を切り離すことだという。

「あの家は留守だという認識と、泥棒に入ろうという悪い意志が結びつけば犯罪につながる。
しかし、この両者が切り離されていれば、問題は起こらない。
実は良心はこのように認識と悪い意志を切り離す役目をもって、ここに新しく登場したのであった」


つまり、本来は良心など必要なかったのだが、堕落を抑える為に良心が誕生したというのだ。
泥棒の例は極論としても、良心を持っている人は既に堕落している事になり、人類は大なり小なり堕落しているという事だ。
誰の教えだったか忘れたが、「最大の罪は良心を無視すること」だという。
まさに、この言葉は真理を突いている。

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私はかつて、少年時代、悪事を働く度に起こる胸の痛みに打ち勝って、魔界に入っていた時代があった。
だがこれは、私にとっては必要な経験だったらしい。
悪魔になる方法は、「良心を無視」する事なのだ。
そう考えると、世の中の大半の人は、まだ悪魔化していないようだ。
だが、社会全体が堕落への道を進んでいるのは確かである。

良心に従って邪な心や怒りを抑え、欲望と葛藤して克服することが、魂の切磋琢磨になってしまうのだ。
欲望のままに生きる事は快楽である。
快楽は歓喜であり、歓喜こそが幸福である。

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『日月神示』にも、そう示されている。

「喜べばよろこび生むぞ。喜びは神ぢゃ」
「身も心も嬉し嬉しとなるのがマコトの神ぢゃ」
「喜びないもの亡びるぞ」
「大歓喜より大大歓喜に、更に超大歓喜に向かって弥栄しつつ、永遠に生命する真相を知らねばならぬ」


生物は本能的に、「快楽原則」で動いている。
人間は快楽を感じると脳波がアルファ波となり、β-エンドルフィンなどの脳内ホルモンが分泌され、健康で長寿となる。
つまり、快楽に従って生きる事が、宇宙進化に従った正しい生き方なのだ。
但し、快楽には「高次の快楽」と「低次の快楽」がある。

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昔、話題になった春山茂雄氏の『脳内革命』に、このように書かれている。

「数ある脳内モルヒネの中で、最強の快楽ホルモン物質はβ-エンドルフィンで、その効力は麻薬のモルヒネの5、6倍は楽にあります。
これだけの快感物質が私たちの脳内で作られることは何を意味しているのでしょうか。
神様が私たち人間に『楽しみなさい』といっているのだと思います。
人間はけっこう悪いことも考えるし、実際にそれをやってしまいます。
たとえば、人をおしのけてでも自分が得をしようと考える人がいます。
そうやって大金を儲けたとします。
あるいは地位や名誉を得たとします。
そのような願望が実現すればその人はうれしい。
うれしければ脳内モルヒネは分泌します。
しかしなぜだかそのような楽しみは長続きしないのです。
必ずどこかでおかしくなる。
世のため人のためにならないこと、人からうらみをかうようなことをすると、どういうわけか脳がその人を滅びの方向へと誘導してしまうようなのです。
これはたぶん、神様が理想とする生き方にあった者だけが生き残れ、それにあわない者はできるだけ消していこうとするメカニズムが、遺伝子という形で体の中に残されているのだと私は解釈しています」


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これを凝縮して、『日月神示』にはこう示されている。

「正しき喜びを先ず見極めよ。見きわめてひたすらに進めばよいのぢゃ」

スウェデンボルグの話で、堕落のスタートである「意志と認識の分裂」は、霊的、天国的な知覚を失った結果だという。
霊的、天国的な知覚は、感性を司る右脳から生まれる。
七田チャイルドアカデミーの七田眞氏は、こう教えている。

「右脳とはエヴァ(他人への愛)への脳です。左脳はエゴ(自己中心の愛)の脳です。
右脳は全能の宇宙意識と繋がっている脳です。いわば愛と一体化の脳です」


右脳は霊主体従主義で、唯心論、有神論に繋がる。
一方、左脳は体主霊従主義で、唯物論、無神論に繋がる。
計算や言語を司っているのは左脳だが、左脳の働きが悪い事を一般的に「頭が悪い」と言う。

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そう考えると、以下の等式が成立するがどうだろうか。

「左脳優位=頭脳明晰=計算高い&口八丁=悪人」

確かに一理ある(笑)
逆に、左脳に損傷を起こして、右脳が極端に働いている人が稀にいる。
そういう人は一見すると精神障害者だが、異常な記憶力や変な超能力を持っていたりする。
アホと天才は紙一重と言うが、本当に世の中は何でも紙一重である。
人間はどちらか片方の脳を偏って使っているが、両脳をバランス良く使うのが好ましい。

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両脳をバランス良く活性化させる装置やCDが出ているのは、物質文明の極みの利器でもある。
お分かりだろうか。これらのアイテムは、努力せずに意識進化をサポートするのだ。
右脳と左脳の統合は脳波をシータ波にし、短時間で無我の境地に誘なう。
高僧やヨガ行者が数十年間の瞑想の末に到達する悟りの境地に、短期間で到達可能なのだ。
また、人間は日常的にベータ波で生きているが、シータリングという指輪を着けると深い呼吸が得られ、努力せずにアルファ波状態で生活を送る事が出来る。

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もう一つ重要な事がある。

『日月神示』には「神と獣に分かれる」「四ツ足を食べると共食いとなり獣となる」という事が書かれているが、聖書には「ネフィリムは共食いをしていた」と記され、スウェデンボルグも「アンティデルヴィアン(ネフィリム)は霊界で獣のようだった」と述べている。

つまり、肉食をすればする程、悪魔になれるのだ。
何故なら、食と精神は密接な関係にあるからである。
これは、東洋人が農耕民族で、西洋人が狩猟民族という事にも繋がる。

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知花氏も同じ事を言っている。

「西洋文明は肉食をする狩猟民族の文化ですから、対立闘争するパイシス(魚座)のエネルギーを受けやすく、物質文明を発達させます。
東洋文明はアルカリ性食を好むおとなしい農耕民族ですから、アクエリアス(水瓶座)のエネルギーを受けやすく、精神文明を興隆させて来たのです」


肉食は心身に害毒だが、我慢するストレスも害毒になる。
また、どのような状況でも絶対に肉食をしないと戒律的になるのも、幽界と繋がる事になる。
悪魔になりたくない人には、「梅雲丹」をお勧めする。

但し、悪極まって善とも成り得る。
しかも、悪は重要な存在であり、我が輩は否定しない。
どちらの道を進むかは自由だが、ここで1つ言っておこう。
魔界と通じる為には肉食をすれば良いと言ったが、魔王ともなれば話は別である。
ルシファーを崇拝する秘密結社では、ベジタリアニズムが説かれている。
posted by ヘンリー・クライスト(夢蛇鬼王) at 14:17| Comment(0) | 【第1章】 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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